桜川の思い出
これは、桜川とともに生活してきた人々の思い出を集めたものです。
フナ、ヤマベなど良く採った思い出があります。(70歳男性)
筑波山が雄大に見え山の懐の川で泳いで遊んでいるようでした。(男性)
麦わらを束ねて浮き輪を作り、川下りをした。(70歳男性)
田植えの土提手でみんなでいっぷく。松の色も緑深くそのときの思い出は今でも考えていると懐かしい。もうあんなときは二度とこないとおもうとさみしくなってくる。本当に懐かしく思われる。(70歳女性)
昭和25年頃、中学時代、夏の暑い日の5、6時間目の授業は田土部のセキ辺りで男子は水泳、女子はシジミ取をしたことが懐かしく思い出されます。(67歳女性)
ホタルが見れた(48歳男性)
子供の頃は、水は川底の砂利が見える程きれいだった。砂利取り舟がいて、砂利を「ジョレン」という道具で人力で取っていた。取った後の砂利穴は深く、水が青く見えた(60歳男性)
子供の頃、水が澄んでいて小さい魚が泳いでいるのがよく見えた。(58歳男性)
かつては、橋上から小魚や、もちろん川石などが見え、「びんだる」をかけながら夢中で遊んだ思い出があります。(52歳男性)
正月やお盆など都会より帰ってきたヒトが君島橋や君島堰などでたのしくしていました。特にお盆の夜は遅くまで話をしていたり遊んでいました。今でも懐かしく思っています。(64歳男性)
小学生の頃、近所の友達と柳の下から川に飛び込んだ思い出があります。(64歳女性)
きれいなかわせみがいた(65歳男性)
朝早く起きて水泳をしたり、夕方意図に結んだ針を籠にしばり次の朝早くそれを取りに行きそのときの快感はなんともいえなかった。(75歳男性)
私の父は漁業組合に入っていましたので、生前は毎日(早朝)のように投げ網を持って自分のポイントで魚を引き上げていました。私も時々見に行っていましたが、今と違い水もきれいで魚も金色光り、水しぶきを上げてはねている魚と父の姿が思い出されます。(47歳女性)
川のまわりはタンポポやすみれの花が咲いて、川はすみ、夏休み等はシジミ取りのひとでにぎわっていました。(62歳男性)
砂の丘があり、泳ぎに行って裸で寝転びながら遊んでいたのを思い出す。(73歳男性)
昭和40年頃七夕飾りを川に流しにいった。(48歳女性)
父に小船に乗せてもらいました。あの頃川の向こう岸にも畑が有り現在よりも下流に小さな橋がありました(51歳女性)
そして、今は
水の汚れがひどい。(65歳男性)

今年の春に初めて川を歩く機会があったが、電気製品などがたくさん投げ捨てられていてがっかりした。(41歳男性)

特に河口付近は画一化された護岸に覆われ、整備された状態である。(46歳男性)

今のままではいつになっても魚も食べられない。(73歳男性)

維持・管理が全くされていない。(52歳男性)

ゴミが多くて汚いと思う。(11歳女性)

近寄れない気がする。(50歳女性)

汚い、物騒、水辺の草が伸びすぎ。(42歳女性)

川がいつも汚れているから誰も近寄らない

時代の流れで利用価値観が変わり、今は寧ろ危険な場所になって居る。(64歳男性)

少し汚れすぎ。子供も大人もあまり関心がない。そのことがさびしい。(70歳男性)

まだ魚はいるけど、水が汚いせいかシジミは全然いなくなりました。(64歳女性)

我々の頃は冬の水は飲めると言われたが、今は川を眺めるのがいやになる。(75歳男性)

流域の住民特に少年少女と無関係になり唯近くを流れているだけの川になってしまった。少年少女たちは故郷を出て古里を偲ぶ時何を懐かしむのでしょうか。

近代的な橋になって車の往来の激しい橋の上からの桜川の流れは50年の歳月を流れて濁流になってしまった。私の心も濁ってしまったのだろうか。(78歳女性)

昔のようにきれいにしたい(70歳男性)

一生の思い出の川(67歳男性)

昔のようにシジミとりをしてみたい(53歳女性)

泳げるほどきれいな川にしたい(65歳男性)

昔のような桜川で孫と遊んでみたい(55歳男性)

昔のように、川岸には菜の花、蓮華が咲き、川岸には桜が咲きそれは昔話の絵のような風景があふれ、夕日が美しかった。あの風景を今一度見てみたい(51歳女性)


以上、桜川の思い出は、2003年の秋に、桜川近隣のつくば市栗原、上野、上境にお住まいの皆様に「桜川の思い出」としてアンケート調査を行った結果から、抜粋して載せたものです。アンケート調査報告書をご希望の方は、護美の会へメール下さい。
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